何を信じるかよりも、大切なこと
「家族を守りたかっただけだった…」
先日たまたま見たYouTube動画の内容に、すごく考えさせられました。
内容は、ある情報を強く信じるようになったことで家族関係が壊れてしまい、最終的に離婚にまで至ってしまった方の話。実話です。
動画の中で、その方は深く後悔されていました。
そして、その姿を見て自然食品店で働いていた頃にお会いした「あるお客様」のことを思い出しました。
Voicyでも話しています👇
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その方はもともと体調不良に悩まれていて、食事を見直すことで少しずつ体調が整い、とても喜ばれていました。
そこから食への関心が深まり、いろいろな情報を調べるようになったのです。
最初は、「もっと健康になりたい」「家族にも元気でいてほしい」という、純粋な気持ちだったと思います。
けれど、情報を深く追いかけていく中で、少しずつ考え方が変化していきました。
「自分たちは騙されているのではないか」
「大きな組織によって病気にさせられているのではないか」
そんな思いが強くなり、ご主人やお子さんに対して、
「これは危険だから食べちゃダメ」
「病気にさせられるよ」
と強く伝えるようになっていったのです。
家族を大切にしたいという純粋な愛情からの行動。けれど、その思いが強くなりすぎたことで、少しずつ家族との間に壁ができてしまいました。
ご主人が心配して店に相談に来られたこともありましたが、私はそのお客様を責める気にはなれませんでした。
なぜなら、根底にあったのはどこまでも「家族への愛情」だったからです。
誰も傷つけたいわけじゃない。大切な人を守りたい一心だったと思うのです。
実際のところ、私自身も食品や健康をめぐる社会のあり方に疑問を感じることはあります。
だから、その方の気持ちも分からなくはないのです。
ただ、今回考えさせられたのは、その考えが正しいか間違っているかではありません。
家族を守りたいという思いが、結果として家族との距離を広げてしまったことでした。
何を信じるかではなく、その信念とどう向き合うか。
そこに人間の難しさがあるように感じました。
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振り返って思うのは、人間関係を壊すのは必ずしも「悪意」ではないのだな、ということ。
むしろ、「相手のために正しいことを伝えたい」という「善意」から、分断が生まれてしまうことがあります。
近年、取り沙汰される宗教二世の問題も、似たようなことがあると思います。
親が大切にしている教えを子どもに伝える。それ自体は自然なことです。私たちは誰もが、親や周りの人から価値観を受け取りながら育つからです。
ただ、もしその根底に強い不安や恐れがあるとしたらどうでしょう。
「これを信じなければ危ない」
「これを守らなければ幸せになれない」
そんな思いが強くなりすぎると、子ども自身が考える余白を失ってしまうことがあります。
でも、親は子どもを苦しめようとしているわけではありません。
幸せになってほしい。
間違った道に進んでほしくない。
そう願って行動しているはずです。
それでも結果として、子どもが苦しんでしまうことがある。
ここに、人間の難しさがあるように感じます。
宗教といえば、わたしは仏教の考え方が好きです。
たとえば仏陀は「私の言葉だからといって、そのまま信じてはいけない」という趣旨のことを伝えています。
これは他人の言葉をただ盲信するんじゃなくて、何事も実践して自分で真理を確かめなさいっていうことですね。
権威のある人が言っているから正しいのではなく、自分で確かめなさいと。
わたしはこの考え方が好きです。
食べ物も同じですよね。
本で読んだ知識や誰かの意見も大切ですが、それ以上に、自分の体が教えてくれることがあります。
実際に食べてみる。
続けてみる。
体調の変化を観察してみる。
その積み重ねによって、自分なりの理解が深まっていく。
情報に関してもやっぱりそうでありたいなと思いますね。
情報に触れたとき、私たちはつい、「これは正しいのか」「これは間違っているのか」を考えます。
もちろん、それも大切です。
でも、それと同じくらい大切なのは、「その情報に触れたとき、自分の心はどう動いているのか」を見ることではないでしょうか。
もし心が不安定になるのなら、一度、その情報から離れてみるのも必要かもしれません。
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何を信じるかは自由です。
食の考え方も、生き方も、人それぞれ違っていい。
大切なのは、自分の信念で誰かを裁いたり、強要したりしないこと。
「あなたはそう考えるんだね」
「私はこう考えているよ」
そんなふうに、お互いの違いを認められる関係でいたいなと思います。
正しさは大切です。
でも、家族や大切な人とのつながりも同じくらい大切です。
正しいことを守ろうとして、一番守りたかった人を失ってしまう。それほど悲しいことはないのではないでしょうか。
最近は大きな災害もあり、さまざまな情報が飛び交っています。不安な時ほど、人は強い言葉や分かりやすい答えに引き寄せられやすくなります。
だからこそ、情報の正しさだけを争うのではなく、その先にいる「人」を大切にしたいと思うのです。
そんなことを、あらためて感じました。
あるとむ
追伸
情報があふれる時代だからこそ、自分の軸を持っておきたいですね。
自分にとっての「心地よい食の軸」をどうやって作っていけばいいのか。その具体的な考え方をnoteにも書いていますので、よろしければ参考にしてみてください。


